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神戸地方裁判所 昭和29年(ワ)180号 判決 1955年6月30日

原告 山田美奈子

被告 清閑寺行一

主文

被告は原告に対し神戸市生田区三宮町三丁目十八番地ノ七七地上の木造亜鉛葺平家建家屋一戸(家屋番号八〇ノ四番建坪十坪)を明渡し且つ昭和二十六年十一月一日以降明渡完了迄一ケ月金一万五千円の割合による金員を支払わねばならない。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において被告に対し家屋明渡部分については金五万円金員支払部分については金一〇万円の各担保を供すれば仮に執行することができる。

被告において原告に対し家屋明渡の部分については金一〇万円金員支払部分については金二〇万円の担保を供すれば右仮執行を免れることができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決並に保証を条件とする仮執行の宣言を求め、請求の原因として「原告は被告に対し原告所有の主文第一項記載の店舗一戸(以下本件家屋と略称する)を賃料一ケ月金一万五千円、毎月末翌月分先払の約定で賃貸していたが被告は右賃料を昭和二十六年十一月分以降支払わないので昭和二十八年七月十八日被告に対し内容証明郵便を以つて昭和二十六年十一月分以降同二十八年七月分迄の賃料を同日以後五日間以内に支払われたく、その支払がないときは右賃貸借契約を解除する旨の催告ならびに条件附契約解除の意思表示をなし右郵便はその頃被告に到達した。然るに被告は右期日に支払わないので右賃貸借契約は同月二十三日限り解除された。よつて被告に対し右家屋の明渡並びに未払賃料及解除以後明渡完了迄の賃料相当の損害金の支払を求めるため、本訴請求に及んだものである。」と述べ、

被告の抗弁に対し「本件建物は昭和二十二年末完成したので賃料認可は受けていない。本件建物は十坪全部が店舗である。」と述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め答弁として、

「被告が本件家屋を原告からその主張通りの約定で借り受け、現に占有していること、昭和二十六年十一月以降の賃料を支払わなかつたところ原告からその主張の頃その主張のような内容の内容証明郵便が来たが、被告がその催告に応じなかつたことは認める。被告は従来一ケ月金一万五千円の家賃を支払つていたが昭和二十六年六月頃調査したところ、本件家屋は昭和二十三年頃の新築家屋であり建坪十坪のうち店舗用部分は飲食店用スタンドのある部分と店舗用調理場とを併せて三坪であるので、地代家賃統制令第二三条第二項但書にいわいる併用住宅として同令の適用を受け、同令第六条によつて認可統制額の申請をしなければならないのに原告はこれをしておらず、右一万五千円の家賃は闇家賃なることが判明したので、直ちに原告に対し統制令による適正賃料に減額するよう要求した。然るに原告はこれに応じないので同年十一月分以降の賃料については統制額なら支払うが闇家賃は支払えない旨通告して以後支払を停止しているものである。而して原被告間の話合により本件家屋番地の地代は被告が地主に代払しているのであるから昭和二十六年十一月一日以降新算定方式による本件家屋の家賃金はその統制賃料額中純家賃に当る一ケ月金三百九円であるに拘らず原告は依然統制違反の一月一万五千円の賃料を請求しているのであるから、その催告は過大であり、その支払のないことを理由とする賃貸借契約の解除は不適法で無効であるから本訴請求には応ぜられない。」と述べた。<立証省略>

理由

原告が本件家屋を被告に賃料一ケ月金一万五千円毎月末翌月分先払の約定で賃貸していたところ、被告が昭和二十六年十一月分以降の賃料を支払わないので、原告において昭和二十八年七月十八日内容証明郵便を以つて右未払賃料を同日以後五日間以内に支払うべく、その支払のないときは右賃貸借契約を解除する旨の催告ならびに条件附契約解除の意思表示を発し、これがその頃被告に到達した事実は当事者間に争がない。

被告は本件家賃が統制額違反であるから右催告には応ぜられないと主張する。

本件賃貸借契約は昭和二十四年九月頃為されたことは証人山田正の証言(第一回)と被告本人の供述により明かであるが、当時は地代家賃統制令第二十三条第二項は施行されていなかつたので原告主張の賃料が兵庫県知事の認可を受けたものであることが不明である以上適法な賃料とは一応認め難いのであるが、被告が同二項の新設施行された後である昭和二十六年十月まで右約定通り賃料を支払つて来たことは当事者間に争のないところであるから、右第二項の施行後においても被告は暗黙裡に原告主張の賃料の約定を認めて来たものと解することができる。よつて本件家屋につき地代家賃統制令の適用の有無につき判断する。検証の結果によれば本件家屋は神戸市三宮町三丁目十八番地通称鯉川筋に面するO・K映画館の東裏にあり、附近一帯は小料理、飲食店街であつて、本件家屋も又建坪十坪足らずの料理飲食店である。その構造は約三坪余のスタンドの設けられているセメント土間と別に三畳、四畳半の畳敷の室と便所、廊下等の附属設備から成つている。而して証人山田正(第一、二回)、同坂梨勝久、同酒井友喜並びに被告本人の各訊問の結果を綜合すれば本件家屋は原告が料理屋として使用していたのを被告が同様営業をなす目的で賃借し三畳の間の方は営業用客席に使用し、店を閉めてから仲居が寝泊りしていたこと、四畳半の間には当初は被告及びその家族が居住していたこともあつたが、昭和二十六年春からは神戸市東灘区魚崎町新堀に新築した被告住宅に引移り、被告だけが本件家屋を管理する目的で寝泊りし、仲居の田中某とその夫春夫が本件家屋に居住していることが認められる。右認定によれば本件家屋が料理屋として遊興又は飲食の用に供する建物であることは明白である。地代家賃統制令第二十三条第二項第六号によれば、原則としてかゝる建物については同令の適用はないものであるが、被告は本件建物が同頃但書に所謂併用住宅であると主張する。ところが右但書の適用範囲を規定した地代家賃統制令施行規則(昭和二十一年九月二十八日閣令第七十六号)第十一条(昭和二十五年七月二十五日経済安定本部令第十六号で追加改正)によれば、右但書に所謂併用住宅とは「建物又はその一部の内に同項第三号乃至第六号の用に供する部分を有する住宅」で「当該事業の用に供する部分の床面積が十坪を超えないこと」及び「その住宅の借主が当該事業の事業主であること」の要件を満すものに限るとされているのであつて、明らかに当該建物が「住宅」を主体としたものであつてその一部に店舗等令第二三条第二項第三号乃至第六号の用に供する部分が併設されている建物につき適用があるものと解すべきであり、本件家屋の如く、その本来の用途が住宅でなく飲食店であつて、その一部が居住の用に供せられているものについては、右但書前段の「第三号乃至第六号に規定する建物のうち居住の用に供する部分」として取扱うべきである。ところが前記規則第十条(昭和二十五年経済安定本部令第十六号で追加)によれば右第三号乃至第六号の建物のうち居住の用に供する部分とは「当該建物の他の部分を管理するために借主又はその使用人の居住の用に供する部分」及び「事業の用に供する目的で、当該建物を賃借した者が自己の居住の用に供する部分」のいずれにも該当しないものに限るとされている。従つて前記認定のとおり、少くとも本件で争となつている賃料の発生した昭和二十六年十一月一日以降については被告又はその使用人である田中某が単に管理のために居住する本件の場合は前記但書前段の適用もなく、(もつとも右田中某の夫春夫も本件家屋に居住すること前認定の通りであるがそれは妻の居住に従属して許されているものであること前記認定から推認できるので、この事実は右十条の適用を妨げるものではないと解される。)結局地代家賃統制令の適用はなく本件家屋につき統制家賃額なるものは存しないのであるから、前記約定賃料額は適法であつて、その無効を前提とする被告の抗弁は理由がない。

従つて前記原告のなした催告並に条件附契約解除は有効であり、右催告期間内に被告が請求賃料の支払をしなかつたことは当事者間に争がないから、右期間の経過によつて本件賃貸借契約は解除されたものであつて、原告の請求は全部理由があるのでこれを認容し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を仮執行の宣言及びその免脱につき同法第百九十六条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 石井末一)

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